私たちの住む東温市滑川地区

中山間地域という

山あいの集落です。

住んでいるのは40人くらいでしょうか?

そうです。

限界集落を超えています・・・

でもなぜ わくわくするのでしょう。

 

90歳のおじいちゃん おばあちゃんは

今日もクワを手に畑仕事

海上の滑川渓谷に清流ハウス

九騎の川を泳ぐ小魚

いたる所に咲く草花

アトリエ楓荘になめがわ清流の森

そして

滑川が大好きな人たち…

 

そりゃ

氷柱が出来るくらい寒いし

電波の届かない部落もあるし

山肌が崩れることもある。

自然と一緒に生きているから。

 

それでも

こんなにもわくわくが溢れている。

 

このわくわくが消えない限り

自然を大切にしている限り

きと大丈夫。

 

 

郷・弥助成

gou yasukenaru

 滑川に入って最初に見える集落です。開けているので移住を考えている方にもおすすめの地域!!

ちょっとこわいな~と思う寺や神社、お社や石垣を見るとしっかりと歴史を刻んでいます。最初に見える橋の脇から川辺に降りることができ、普段の水量なら深さもなく、橋の下の日陰で休憩もできるので川遊びも楽しめます!

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滑川で最初に開かれた最古の地郷、悲しい歴史が残る弥助成。

郷地区、入り口

郷地区には面木山登山口がある

面木山山頂には、滑川、鞍瀬、丹原に向かって3つの鳥居が立っている。それぞれの地区の神様で同じ所に祀られるのは大変珍しいとのこと

 

昌禅寺

七人みさきの墓

昌禅寺境内にある墓。年貢取立てが厳しく、村では「隠れ田」といって藩に申請せず自分たちが食べる米を作っていた。そのことが藩にわかり、享保13年(1728年)、滑川村の庄屋、曽我部五郎左衛門と組頭6人が、松山藩主松平氏によって⑤斬首の刑に処せられた。住民は現在も供養し続けている。



下仲屋~上仲屋

shimonakaya kaminakaya

 こちらも開けているので移住におすすめ!!そしてキャンプやイベントにももってこい!!なんでもこーい!なWELCOME地域です。夏はキャンプや川遊びを楽しむお客様の姿がとだえません。

 


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総河内神社

神亀5年(奈良時代728年)開基らしいが詳細は不明。以前は秋祭りで郷の山神社と惣河内神社の2社から4対の神輿が出て賑わっていた。鳥居奥には、樹齢500年ともいわれる檜のご神木が2本立っていたが、平成24年、何者かによる薬剤注入で枯れてしまった。

湧水

滑川は水道が整備されておらず湧水を引いている。ここ下仲屋の湧水は水質調査良好。遠くから汲みに来る人もいる。清流コーヒーも市内の料理屋さんのパスタもこの水。茹であがりの味が格別だそう!

なめがわ清流の森

平成26年3月完成

旧滑川小学校跡地に建立

滑川野外活動研修施設

研修や勉強会、キャンプ等利用可

川内公民館089-966-4721

光明寺

平安時代末期に開山。弘法大師の開基と言われている。文政11年(1828年)に火災にあう。行基作と言われている本尊阿弥陀如来像(非公開)は火災を免れ、本堂に祀られている。文久3年(1851年)に再建された本堂は総ケヤキづくり。建設時に描かれた本堂側面図も市指定有形文化財。

陽光桜

平安時代末期に開山。弘法大師の開基と言われている。文政11年(1828年)に火災にあう。行基作と言われている本尊阿弥陀如来像(非公開)は火災を免れ、本堂に祀られている。文久3年(1851年)に再建された本堂は総ケヤキづくり。建設時に描かれた本堂側面図も市指定有形文化財。



九騎 kuki・伊之曽 inozo

 県道から九騎へ入る道は細く、くねくねしています。通れるのかな?!とドキドキしていると集落の入り口、大きなアジサイが出迎えてくれます。ザ・移住者welcome地域です‼現在の(2019)滑川地区区長さんも住まわれているのでぜひご相談ください。石垣に川底をのぞけば魚たちが泳いでいる。映画の世界のような地域です。

 伊之曽は別荘地でもあります。民家は見えますがほとんどが空き家になってしまったようです。そんな伊之曽も春には花盛り!おばあさんの花木を中心とした花畑にくわえ、山野草がよく見えます。ファンの皆様にはたまりませんね。

※自然を大切にしましょう。

今は道が無くなってしまいましたが、100歳のイワヒバもひっそりと暮らしているそうです。


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九騎

滑川バス停から車で5分、徒歩だと30分。川沿いに道路を登ると道路改修記念碑がある。狭い谷間に流れる小川沿いに、世帯数9戸11人が住む小さな集落。

 

三躰妙見神社

伊之曽

川に沿って絵葉書のような景色が続く伊之曽地区。家は点在しているが、住んでいるのは1戸だけ。時々、家の持ち主が手入れに帰ってくるそうだ。集落奥から河之内の日浦に抜ける道がある。その辺りは日当たりが良く美味しいお米がとれていたそうだ。対岸の焼岳は、とても貴重な岩松(いわひば)の生息地である。

日浦へ

伊之曽の終点から河之内日浦へ山道を通って行ける。



海上 kaishyo

 とても開けた、日当たりの良い部落。なかなか夕日の見られない滑川でも、ここなら限られた時期に真っ赤に染まった夕日を見ることができるそう。耕作放棄地も多く見られますが、眺めのよい場所で清流ハウスやアトリエ楓荘があるのも海上です。

 真っ青なバス停は春、に桜と空とのコントラストがとても美しい!ぜひご覧ください。

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滑川の一番奥に位置する集落。一帯は源平の記憶が今もなお色濃く残る地。追撃してきた源氏方が住み着いた土地と言われている

新田五社神社

今から八百年ほど前、源平合戦の頃、平家は敗れ源氏に追われて「海上新田の森」に落ち延びた。若い武将が部下を引き連れ、源氏軍を撃つ作戦中、突然源氏の大群が現れ、武将は源氏の矢に当たり最後を遂げた。村民が亡骸を抱き上げると、首に「柏」の一字があった。勇敢な若者に感激し滝下に葬り、祠を作った。「柏大明神」と名付けた村の守護神が新田五社神社であると言われている。

いぼ取りお塚さん

道路の側の畑に入ったところにいぼ取りのお塚さんがある。いぼで困っている人が願をかけた。お塚さんのシキミの花入れの水をつけるときれいに取れるという言い伝えがある。しきみを入れた水に効能があるらしい。